巻頭特集FEATURES
手しごとの技と心が息づく川崎・大田
優れた技術で日本独自の伝統・文化をつなぐ職人やそれを伝える人たち。日々研鑽を続け川崎・大田エリアで活躍する匠たちを身近に感じてみてください。
ものづくりの伝え人
川崎・大田 | 神奈川 |2025年06月17日
本物を超える”美味しさ”を目指し サンプルづくりに情熱を注ぐ
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つかさサンプル|田中 信司さん
飲食店などの店先で目にする食品サンプル。その“食べられない料理”を驚くほどリアルに表現するのが、つかさサンプル代表・田中信司さん。食品サンプルは1932年に現在の岐阜県郡上郡八幡町で岩崎滝三氏によって事業化。父・司好さんが岩崎氏に声を掛けられ職人の道へ。1973年に独立、知り合いが住んでいたこともありここ川崎に工場を構え創業52年。信司さんも父の背中を見て自然とこの世界へ。「物心つく頃には食品サンプルが当たり前にあり、自然とものづくりに興味をもちました」。 「休日もスーパーの買い物や外食などの際に食材やできたての美味しそうな色などを研究しています」。マニュアルのない世界では、常に五感を研ぎ澄ませながら技を磨くことが必須。その技術の高さは川崎市が最高峰の匠に贈る「かわさきマイスター」に親子二代で認定されるほど。縁起物シリーズ「験担ぎカツ丼」「おめでたい焼き」は司好さんがお孫さんにつくり、後にネット販売で人気に。近年は漫画・テレビCMなどの依頼も増えているそう。地域イベント、海外向け販売なども積極的に行い、日本独自のカルチャーを発信し続けています。写真上:開発から約5年をかけ試行錯誤を重ねたしゃぷしゃぷのサンプルは、信司さんの技能の秀逸さが表れる力作。特にサシの入り方は一つも同じものがないほどの精巧さでまるで本物!
和菓子を通じて日本の食文化を伝えたい
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御菓子所 花ごろも|大澤 忍さん
「高校生の頃にTVチャンピオンの和菓子職人選手権を見てから憧れるようになり、人と違うことがしたい」という想いから高校卒業後に製菓学校へ進学した大澤さん。生徒の9割が跡取りのなか、作業に馴染みがなく苦労したそう。卒業後は、より郷土文化が色濃い和菓子を学べる岐阜の和菓子企業に10年勤務。同僚がコンテストで入賞したことをきっかけに奮起し6年目で見事入賞。その後東京で数年修行した後、2011年に地元の平間に自分の店をオープン。近隣小学校の職業体験では和菓子を通した食育で地域貢献にも寄与し和菓子職人初の『かわさきマイスター』にも選出。「和菓子を通して小さい頃から本物にふれることの大切さを伝えていきたいです」。
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かわさき名産品にも認定されている人気の「川崎 はなのこどら」は緑茶、つぶ、つぶ&マーガリン、チーズの4種類。つぶあんは、たっぷりの大粒小豆と、しっとりふんわり仕上げた皮が自慢。
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大澤 忍さん|川崎市中原区生まれ。高校卒業後、製菓学校で学び岐阜・東京の名店で修行後、生まれ育った平間に店を構える。8月毎週土曜開催の「平間銀座サマーフェスタ」に出店予定。
身近で、生活に溶けこむ 「蒲田切子」
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フォレスト|鍋谷 孝さん
鍋谷さんの実家は東亜硝子工芸という江戸切子製造の工房。小さい頃からものづくりの現場を体感してきました。「江戸切子というと少し敷居が高く、使うというより工芸品のイメージが強いかもしれません」。父の会社で江戸切子にふれつつ、1992年に独立し自分たちのイメージしたものを作りたいとオリジナル切子の製造販売を奥様の香さんと二人三脚で手掛けてきました。「日常の食卓に溶けこむ使いやすい身近な切子を作りたい、という想いが蒲田切子誕生のきっかけです」。ショップでは地元作家とのコラボイベントを開催したり、蒲田切子が大田区ふるさと納税の返礼品になるなど地域にも貢献。「大切な人へのギフトなど長く愛用してもらえると嬉しいです」。
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ガラスに目印をつけたり、ガラス自体を綺麗にしたりと一番大変なのが下地準備。「仕上がりが全く違うので力は抜けません。うちのガラスは柔らかくて丸い感じがいいと言っていただけると苦労が吹っ飛びます」
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鍋谷 孝さん|東京都大田区生まれ。広告代理店でプランナーとして働いた後、父の会社を経て1992年、有限会社フォレストを設立。山や自然好きで水の紋様から着想を得たオリジナルの「蒲田切子」の製造販売を行う。[孝さんと香さん]